2020.10.06

アルスエレクトロニカ・フェスティバルレポート_考察:2015年から2020年までのフェスティバルを通じて考えたこと【第1回/全4回】

※この記事は、全4回の集中連載の1回目です。

私が初めてアルスエレクトロニカ・フェスティバルを訪れたのは2015年です。この年、フェスティバルのメイン会場がPOST CITY(後述)に移りました。アルスエレクトロニカ創設40周年の昨年を経て、COVID-19の世界的流行を受けてオンライン中心に移行した今年までの6年間を、各年のフェスティバルテーマとPrix Ars ElectronicaのGolden Nica(最高賞)受賞作品を中心に振り返ります。

フェスティバルテーマとPrixに厳密な結びつきがあるわけではありません(たとえば、フェスティバルテーマが審査基準になっているわけではありません)。しかし、フェスティバルテーマもPrixも、現在の社会とその課題、そして、未来社会の先行指標である点は共通であり、通底する大切な要素があるはずです。

Prix Ars Electronicaの表彰部門は、時代を経るなかで変化し発展しています。変わらずに続いているのが、Computer Animation, Film, VFX部門。Digital Musics & Sound ArtとHybrid Art、Digital CommunitiesとInteractive Art +という部門は、隔年で設定されてきました。

また、昨年度より、Hybrid Art部門はArtificial Intelligence & Life Artという新設部門へとアップデートされました。このほかに、未来のタレントを表彰するU-19や、メディアアートのレジェンドを称えるVisionary Pioneerという部門も毎年設定されています。

もちろん、受賞作以外にも素晴らしい作品が数多くあります。そして、見尽くせないほど豊富で多様な作品が集まるのもフェスティバルの魅力です。今回は、紙面の都合もあり、2015年から2020年まで、あえてGolden Nica(最高賞)受賞作のみを対象に、2作品ずつ取り上げてご紹介します。作品の取り上げ方や読み解きが、多分に個人的な解釈によるものになることを、どうかご容赦ください。

Credit: Ars Electronica / Martin Hielsmair

2015年。それまで中央広場や大聖堂など、リンツの街中に散在するように展示されていたアート作品・プロジェクトを、郵便物配送センター跡地(通称「POST CITY」)に集め、POST CITYをメイン会場にフェスティバルが行われるようになった最初の年です。

※郵便物配送センターというと近代的な建物を想像されるかもしれませんが、その実態は広大な廃墟にして迷宮。鉄道引込線の地下ホームや郵便物を仕分けて移動させるための大すべり台などが怪しい雰囲気を醸し出し、私自身も5年通ってようやく全体の構造が何となく理解できた、といった具合です。

Credit: Ars Electronica

この年のフェスティバルテーマは、その名も「POST CITY」。メイン会場の通称であるとともに、POST(次の・後の)-CITY(都市)のダブルミーニングで、都市および市民(CITIZEN)の未来を考察するという意味が込められていました。

Credit: Girberto Esparza

2015年、Prix Ars ElectronicaのHybrid Art部門でGolden Nicaを受賞したのは、Gilberto Esparzaの「Plantas Autofotosinteticas」という作品で、機械と生物のハイブリッドなエコシステムがテーマになっています。

チューブで接続された樹脂ガラスの球体のなかには、バクテリアのコロニーが形成されています。バクテリアの働きで汚染水が浄化され、利用可能な水がつくられるとともに、電気エネルギーが生み出されます。これらの生成物は、アーティストによるちょっとした人力の介在によって、システムの維持に活用されます。

水質改善された水は、ポンプによって、原生植物や甲殻類、水生植物などが生息する中央タンクに送られて彼らに快適な住環境を提供し、電気エネルギーは光へと変えられ、藻類や植物の光合成に利用されます。そして、中央タンクの生物たちが排出した有機物は、バクテリアのタンクに送られて分解されます。

西洋近代の科学は、人間と自然を二元論的に分離し、自然を、感情を持たず痛みを感じない機械のような存在と捉える「機械論的自然観」によって進展してきた側面があります。「Plantas Autofotosintetica」は、まさにその「機械」によって、自然の持つ自律的な力を私たちに思い出させるとともに、人間と自然の共生について考えさせてくれます。

Credit: tom mesic

同じ年、 Digital Musics & Sound Art部門でGolden Nicaを受賞したのは、日本人アーティストNelo Akamatsuの「Chijikinkutsu」です。

縫い針、水の入ったガラスコップ、銅線で構成されたユニットが無数に並ぶインスタレーションは、「地磁気」を感知し「水琴窟」のように、かすかで美しい音を発します。

人の作為を離れた、地球が奏でる音人間がこの地球上から消え失せた後でもさやかな音を鳴らしづけるイメージすら想起させる―は、POST-CITYの可能性を示唆するとともに、POST-ANTHROPOCENE※を予感させる作品でもあります。

※ANTHROPOCENE(人新世):人間が地球に及ぼす影響はあまりに大きく、20世紀以降、地球は新たな地質年代「人新世(じんしんせい)」に入ったという説があります(人新世という用語は、大気化学者のパウル・クルッツェンにより広く普及しました)。

単一の生物種が地質年代にまで影響を与えるのは、138億年の地球史上で初の未曾有の事態。アルスエレクトロニカ ・フェスティバルでは、ANTHROPOCENEのさらに先、POST-ANTHROPOCENE、人間が地球の中心・主役ではなくなった世界を予見させるような作品・プロジェクトが複数見られ、その傾向は現在まで続いています。

第1回の今回は、ここまでです。次回は、2016年、2017年のフェスティバルをまとめて振り返ります。次回もよろしくお願いいたします。

Prix Ars Electronica 2015受賞作品はこちら:https://ars.electronica.art/press/en/2015/05/24/prix-ars-electronica-2015-and-the-golden-nicas-go-to/
Ars Electronicaのホームページはこちら:https://ars.electronica.art/news/en/

WRITER

博報堂 ブランド・イノベーションデザイン 局長
竹内慶

神奈川県生まれ。双子座らしく(?)、一見矛盾する二つの要素、論理と感覚、右脳と左脳、独創と共創…等々の統合をテーマとする。微細な差異を競うのではなく、豊かな選択肢を増やすようなブランドづくりを目指したい。アルスエレクトロニカ協働プロジェクトの博報堂側リーダー。

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