2020.10.08

アルスエレクトロニカ・フェスティバルレポート_考察:2015年から2020年までのフェスティバルを通じて考えたこと【第3回/全4回】

※この連載は、全4回の集中連載の3回目です。
第1回:イントロダクション、2015年のフェスティバル振り返り
https://www.artthinking.h-bid.jp/198/
第2回:2016年と2017年のフェスティバル振り返り
https://www.artthinking.h-bid.jp/204/

2015年から2020年まで、6年間のアルスエレクトロニカ・フェスティバルを一気に振り返り、そこから見えてくるものを考える短期集中連載。今回は、全4回の3回目です。まずは、2018年のフェスティバルのレビューです。

Credit: Ars Electronica / Martin Hieslmair

2018年のフェスティバルテーマは、「ERROR the Art of Imperfection」。研究過程のエラーで偶然生み出された、新しい青い顔料がキービジュアルに用いられています。前年は、AIという「もう一人の私」を前にさまざまな反応をする私たち人間について考えさせられましたが、この年は、そんな人間の不完全性を、いかに創造の原動力にできるかを投げかけるテーマでした。

Credit: Mathilde Lavenne

この年、Computer Animation部門でGolden Nicaを受賞したのは、Mathilde Lavenneの「TROPICS」です。

19世紀、メキシコのジカルテペックという土地に入植したフランス人移民たちは、土地を開墾して農地をつくり、建物や道路を建設することで、昔の風景の痕跡を根絶やしにしてしまいました。しかし、毎年雨季に起きる川の氾濫によって、先住民たちが日常生活や祭祀に使っていた陶磁器や彫像などが打ち上げられ、人々はかつてそこにあった暮らしを思い起こしたそうです。

新たな民俗誌(エスノグラフィ)を思わせる映像作品を創造するために、アーティストは、通常は建築家が使用する3Dレーザースキャナーを用い、スキャナーの点群から複数の地層が重なりあう風景の映像をつくりだしました。TROPICSというタイトルから想起する、熱帯の濃い緑はそこにはなく、無数の微細な点群によって表現された、モノクロームの映像が展開されます。

観るものを引き込む驚くべき臨場感があり、過去の土地の魂や記憶が感じられます。見えないものが見えてくるような不思議な感覚になります。表現の主題にとって、手法がいかに重要かを実感させられます。

Credit: Bellingcat

同じ年、Digital Community部門のGolden Nicaを受賞したのは「Bellingcat」というプロジェクトです。

戦争や紛争、人権侵害、犯罪組織などに対して、オープンソースやソーシャルメディアを用いて活動する市民ジャーナリストたちをつなぎ、記事やルポルタージュを自由に公開・共有できるプラットフォームを構築するとともに、市民自らが、オープンソースやソーシャルメディアのファクトチェックを行うためのメソッドやポイントが公開されています。

「市民の側のジャーナリズム」としてのアートを重視するのも、アルスエレクトロニカの大きな特徴です。

人間は不完全であるという前提に立ち、なくしてしまったものや、足りないピースをどのように補うか。それだけではなく、不完全性そのものを、いかに未来のための力にできるか。そんなことを考えさせられる、ERRORというテーマでした。

  Credit: Ars Electronica / Emiko Ogawa

2019年は、アルスエレクトロニカ創立40周年のメモリアルイヤー。フェスティバルのテーマは「Out of the Box The Midlife-Crisis of the Digital Revolution」でした。

40歳を迎えるアルスエレクトロニカもデジタル革命も、人間でいうと中年の危機を迎えている。私たち自身が、自らとらわれているBOXの外へ抜け出さなければならない−そんな決意が、フェスティバルテーマに込められた年です。

個人的な感覚かもしれませんが、地球と人間の関係やPOST-ANTHROPOCENEを想起させるような深刻さと、一方で、どこかあっけらかんとした明るさや楽観性とが同居した、不思議な熱気を感じる年でした。

Credit: EyeSteelFilm and Dot

私たちがとらわれている最も身近なBOXは、他ならぬ自分自身かもしれません。無意識のうちに、自分の常識やものの見方を他者に押しつけているということもよくあります

2019年、Computer Animation部門でGolden Nicaを受賞したのは「Manic VR」です。

躁状態と鬱状態を繰り返す精神疾患である双極性障がいを抱える人たちが見ている世界を、VRで再現しています。アーティストKarina Bertinの二人のきょうだいが双極性障がいを経験していて、二人との密接なやり取りがこの作品に圧倒的なリアリティをもたらしています。

アーティストたちは、作品を通じて、双極性障がいを抱える人たちへの共感が生まれることを企図しています。そして、この作品を視聴した、双極性障がいを持つ方やその家族からは「よく表現してくれた」という感謝の声が寄せられているとのことです。

テクノロジーは、私たちが他者をよりよく理解し、共感を育むツールになるということを改めて感じさせてくれる作品です。

 Credit: Tullis Johnson

2019年、新設されたArtificial Intelligence & Life Art部門で記念すべき第一号のGolden Nicaを受賞したのは、Paul Vanouseの「Labor」という作品です。

「労働の匂いとは何か」というのがこの作品の問いです。汗を流して労働するのは尊いことだと言われてきましたが、この作品に人間は登場しません。

人が過酷な労働をした際の汗の匂いの原因となる3種のバクテリアが培養されており、バクテリアが生成する匂いを、労働の象徴である白いTシャツに付着させるというインスタレーションです。

労働の結果として生じる汗と匂いが、人間とは無関係にバクテリアによってつくられて衣服につけられるとしたら。今日における労働の意味とは何か。労働に代表される社会制度もまた、私たちを取り囲むBOXである。そうしたことを、ユーモラスに、アイロニカルに問いかける作品です。

第3回は以上です。次回が連載の最終回です。つい先日閉幕したアルスエレクトロニカ・フェスティバル2020の振り返りと、6年間を通じての考察について書く予定です。次回もよろしくお願いいたします。

Prix Ars Electronica 2018受賞作品はこちら:
https://ars.electronica.art/press/en/2018/06/11/prix_2018/

Prix Ars Electronica 2019受賞作品はこちら:
https://ars.electronica.art/press/en/2019/05/22/die-gewinnerinnen-des-prix-ars-electronica-2019/

Ars Electronicaのホームページはこちら:https://ars.electronica.art/news/en/

WRITER

博報堂 ブランド・イノベーションデザイン 局長
竹内慶

神奈川県生まれ。双子座らしく(?)、一見矛盾する二つの要素、論理と感覚、右脳と左脳、独創と共創…等々の統合をテーマとする。微細な差異を競うのではなく、豊かな選択肢を増やすようなブランドづくりを目指したい。アルスエレクトロニカ協働プロジェクトの博報堂側リーダー。

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