2020.10.07

アルスエレクトロニカ・フェスティバルレポート_考察:2015年から2020年までのフェスティバルを通じて考えたこと【第2回/全4回】

※この連載は、全4回の集中連載の2回目です。
第1回はこちら:https://www.artthinking.h-bid.jp/198/

第1回の連載では、2015年度のアルスエレクトロニカ・フェスティバルを振り返りました。今回は、2016年度、2017年度をまとめてレビューしたいと思います。

Credit: Ars Electronica

2016年のフェスティバルのテーマは「RADICAL ATOMS and the alchemist of our time」。「Radical Atoms」は、MITメディアラボのTangible Media Groupの重要な研究テーマでもあります。

LEDを搭載した多数のドローンが、群知能(鳥や虫などの群れの動き)にもとづくプログラミングによって制御された飛行で夜空に絵を描く、「SPAXELS(SPACEとPIXELの造語)」のキービジュアルが印象的です。

あらゆるもの−生物も無生物も、物質も非物質も−がコーディングやプログラミングで動かせるようになる世界。それは同時に、私たちを含む、この世界のあらゆる構成要素がすべてつながり、相互に影響を及ぼしあわずにはいられない世界でもあります。

Credit: Boris Labbe

この年、Computer Animation部門でGolden Nicaを受賞したのが、Boris Labbeの「RHIZOME」という作品です。

一つ一つ手書きで描かれた、細胞のような、生物のような、あるいは無機物のようでもある無数のエレメントが、プログラミングによりひしめきあい、集合離散を繰り返しながら、やがてとてつもなく大きなうねりになり、世界をつくりだすというアニメーションです。

気の遠くなるようなクラフトワークが生み出した作品は、観るものを恍惚感にも近い没入感へと誘います。フェスティバルテーマの「RADICAL ATOMS」を、視覚的、直感的に象徴するような映像作品です。

Credit: Christoph Wachter, Mathias Jud

同じ年、Interactive Art +部門でGolden Nicaを受賞したのが、「”Can You Hear Me?”」というプロジェクトです。

東西冷戦時代、各国の情報機関がしのぎを削っていたベルリン。アーティストのChristoph WachterとMathias Judは、現在もその影響が残るベルリンのスイス大使館屋上を拠点に、市民が情報機関に対して自由にメッセージを投げ込めるサイバースペースを立ち上げました。

政治性の強いゲリラ的なプロジェクトですが、一方で、「隣人が騒がしいからドローンで攻撃してくれ」という市民の投稿に対して、情報機関側が「それはよくないと思う」と応答するなど、どこか軽やかさを感じさせるものでもありました。

前年の「POST CITY」から続く、未来市民のあり方を予感させるものであり、私たち一人一人が世界に影響を及ぼす「RADICAL ATOMS」であることを感じさせるプロジェクトと言えるのではないでしょうか。

Credit: Ramiro Jori-Mascheroni & Aline Sardin-Dalmasso

2017年のフェスティバルテーマは「AI Artificial Intelligence / das Andere Ich」。非常に直接的なテーマですが、副題が秀逸です。ドイツ語の「das Andere Ich」は、英語で「the Other I」という意味。つまり、Artificial Intelligenceと同じ頭文字の「もう一人の私」という言葉が副題になっています。

AIやロボットなど、他ならぬ私たち自身が生み出した「もう一人の私」である存在が、ときに人間の能力や想像をはるかに超える勢いで進歩する。それを敵や脅威であると考えたり、味方や友であると考えたりする。そんな人間とは何なのか。自分たちの存在を問い直すというメッセージが込められているように思います。

Credit: David OReilly

この年、Computer Animation部門でGolden Nicaを受賞したDavid OReillyの「Everything」は、コンピュータゲームの作品です。

このゲームには、勝ち負けも終わりもありません。CGで表現された世界のなかで、私たちは、あらゆる存在-クマにもシカにも、ダニにもカエルにも、木にも草にも花粉にも、ごみ屑や惑星にも、文字通りすべてのもの(Everything)-に憑依して、(カクカクとしたユーモラスな動作で)動き回ることができます。

私たちは、この世界を構成する全体の一部であり、人間にも人間以外にも、生物にも非生物にも自在に「なってみる」ことができる。これは、私たち東洋人・日本人には比較的なじみ深い世界観かもしれません。

Credit: BORUT PETERLIN

同じ年のHybrid Art部門のGolden Nicaを受賞したのは、Maya Smrekarの「K-9_topology」です。これは、単一の作品ではなく、犬とともに行われた一連のプロジェクトに対する表彰です。

「Esse Canis」という作品では、アーティスト自身と愛犬の組織ホルモン・神経伝達物質のセロトニンから、人間と犬の「化学的本質を象徴する」フレグランスを生成しました。

「Hybrid Family」というプロジェクトでは、アーティストは、子犬を育てながら3ヶ月間の隔離生活を送りました。そのあいだ、彼女は、授乳を促す食事を続け、自ら規則的な搾乳を行うことで、(乳汁分泌等に関与する)プロラクチンというホルモンの放出を促進しました。

このプロジェクトの背景にあるのは、出産や育児の過程で、女性の身体や授乳という行為が、社会的に「道具」のようにみなされていることに対する問題提起。なお、副次的な効果として、共感力にかかわるホルモン、オキシトシンのレベルが上昇したそうです。

さらに、「ARTE_mis」というプロジェクトでは、アーティストの生殖細胞(卵細胞)から核を取り除いたものに、愛犬の体細胞を融合し、ハイブリッド細胞を生成し、培養を行いました。

この背景には、自然破壊が進んだ環境に適応できるのは、人間ではなく、人間と犬、あるいは犬の近接種のオオカミとのハイブリッドである可能性が高い(そしてその「新種」のほうが、地球環境にとっては望ましいかもしれない)という考えがあります。

調和的でどこかユーモラスなEverythingと、刺激的で挑発的なK-9_topology。アプローチはまったく異なりますが、どちらも、人間以外の存在を含む「もう一人の私」との関係性、特に、人間上位・人間至上ではない関係のあり方について考えさせられます。

第2回はここまでです。次回は、2018年、2019年のフェスティバルをレビューしたいと思います。第3回もよろしくお願いいたします。

Prix Ars Electronica 2016受賞作品はこちら
https://ars.electronica.art/press/en/2016/05/10/prix-ars-electronica-2016/

Prix Ars Electronica 2017受賞作品はこちら
https://ars.electronica.art/press/en/2017/05/22/die-gewinnerinnen-des-prix-ars-electronica-2017/

Ars Electronicaのホームページはこちら:https://ars.electronica.art/news/en/

WRITER

博報堂 ブランド・イノベーションデザイン 局長
竹内慶

神奈川県生まれ。双子座らしく(?)、一見矛盾する二つの要素、論理と感覚、右脳と左脳、独創と共創…等々の統合をテーマとする。微細な差異を競うのではなく、豊かな選択肢を増やすようなブランドづくりを目指したい。アルスエレクトロニカ協働プロジェクトの博報堂側リーダー。

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